Power Law と Visionary 症候群

グーグルが無敵ではないことはエンジニアだけが知っている
たしかにこりゃすごい.昨日はこれ読んでからずっとコード書いてました.

まず、「ワタシはこの技術が絶対に次にくると思う」っていう言明には意味がない。ビジョナリーぶって色々なところにツバつけておいて、将来に「ほらね」って言いたいだけだ。悪いけど、それがどんなに先鋭的な専門分野であれ、口には出さずとも同等以上にわかってる奴はつねに100人はいる。それを論文にまとめたりブログに書いたりできるやつが10人ぐらいいて、本気でそれの実現に自分の人生を賭けるやつは1人しかいないっていうだけのことさ。

そこに冪乗則を見る洞察は流石.「これからは関数型言語だね」,「これからは Windows Live に注目だよ」,「OS 稼業なんてこれから土管屋みたいなものさ」,なんてのはそう『誰もがいいたくなる』.が,それがどうした? と.
まずもって「ブログに書いたり」に並んでいるのが「論文をまとめたり」ってのが恐怖だ.ここでいう「ブログで書いたり」は少なくとも 『Radium Software Development』や『steps to phantasien』,『できるかな?』レベルのことであって,単に「これはすごい」とか書いてる奴は「口に出した妄想」と変わらないということだろう.このエントリ自身とか.
いかにも床屋談義向きの餌を撒いておけば,大多数の Visionary 症候群の人々は喜んで自らを無害化――自滅する.アイディアという名の毒,という描像はなるほど 21 世紀にふさわしい.

だから今ぼくがエンジニアにアドバイスできることがあるとすれば、こういうことだ。1)見込みのあるアイデアを大きなものから小さなものまで常に複数転がしておけ、2)今取り組むべきアイデアは自分の好奇心に聞け、3)妄想からは何も学べないからとにかく動くものを書け、4)それで作ってみたものが面白いということは滅多にない、だから作ったものがなお面白ければそれはいけるアイデアだというサインだからとことんやれ、5)作ってみたものが面白くなければ勇気を振り絞ってボツにしてそのまま放置して別のアイデアへ行け。

至言だ.